ネットワークマガジン第3号


2014年度 第3回ワークショップレポート   文:ごかのしげの(豊橋演劇塾所属)


『コンタクトインプロヴィゼーション』

 

講師:服部哲郎(コンテンポラリーダンサー、振付師)

 

 

 

コンタクトインプロヴィゼーションとは2人以上の複数人で体を触れ合わせ、

相手の動き、重さを感じ取りながら即興で踊るこのなのだそうです。

 

 

はずかしながら全くきいたことのない言葉だったのでダンスってどんなことをするのだろうと

内心自分にできるのかドキドキしながらの参加となりました。

 

 

まずはカラダの動きを知ることからはじめていき、自分のカラダの反応をみながら動きの基本を理解。

 

 

その後、20人ほどが集まったフロアをぶつからないように縦横無尽に歩く。

 

他の皆さんがどんな動きをするか、全く読めないので常に、周囲の動きをみながら歩くのです。

徐々に、『歩くことが出来る範囲』が狭められていきまして、

他の人とぶつかってしまうリスクも高くなるので一層、周りの動きをしっかりみていかなければならなくなります。

 

自分の思いだけで動くのではなく、周りの人の様子ををしっかりみて動くことの大切さを教えていただきました。

 

 

 

カラダにふれてのコミュニケーションでは、ふたり、一組になり、片方の人をエスコートしながら、

他のグループにぶつからないように歩きました。

 

なれてくると、今度はエスコートされる側の人に目をつぶってもらい、目が見えない状態のパートナーをエスコート。

エスコートする側は、パートナーの動き、歩く速度、足取りだけでなく、周囲の様子も危険がないかを確認しながら

パートナーの速度に合わせて歩くことが大切になるので、お互いに信頼しあうことが大切になります。

 

 

他にも2人一組で1人がポーズを決めて、もう1人が目をつぶった状態で

ポーズを決めた状態の相手のカラダに触れてどんなポーズをしているのかあてるというものもありました。

 

七回の動きの間に、相手がどんなポーズをしているのかを目をつぶった状態で当てるのです。

遠慮をしていると、七回の動きだけで顔の向き、手の向き、指先、足の位置など、すべてを把握していくことは不可能。

身体全体をつかって相手に触れてポーズをあてるのです。パートナーを信頼し、互いに心をひらくことの大切さを教えていただきました。

 

 

カラダに触れながら反応を観察。

 

 

ふれあいながら自由に動く。

 

 

あることをイメージしながらうごいてみたり、、、

 

 

どれも、実際にやってみると、とても楽しくて、カラダふれあうことで心の壁が少しずつとりはらわれていく。

そんな感じがしました。

 

 

 

最後は、参加者全員で、体に触れ合いながらのフリーダンス。

 

他の参加者の方たちと体を触れ合わせながら、自分のイメージで自由に踊る。

 

自由な踊り、自由な動きなので、バラバラなうごきなのですが、この場には一体感が生まれていたように感じました。

 

なかなか普段、触れ合うことの少ない他の劇団の皆様と、このワークショップを通じて触れ合うことが出来たことは

とても貴重な時間だったと思います。


■講師プロフィール

服部哲郎(コンテンポラリーダンサー、振付師)


1984年生。2003年afterimage設立。以降主宰、振付、ダンサーを務める。2009年新進アーティストの発見inあいち2009舞踊部門により選出され、平山素子氏の助言のもと「バイパスドルール」を発表。
同年フランス、カーン国立振付センターが製作する「Just do dance」にダンサーとして参加。世界30ケ所以上で踊る。
2010年フランスの舞踊評論家、ジョンマーク・アドルフに招聘され渡仏。国際芸術家交流祭「SKITE」に参加、作品を発表。
2011年ダンサー杉山絵理・制作者 菅井一輝とともにarchaiclightbody(アルカイックライトボディ)を結社、2012年フランス、カーン国立振付センターでショーイング。その後、南仏モンペリエのカンパニーディティエ・テロンに招かれワークイインプログレス公演を行う。
シュールなセンスとキレ味の鋭い動きで踊る現在売り出し中の男。なんでもやります、の精神で、ゴミ捨てから振付まで、を標榜する蕎麦好き。名古屋外国語大学非常勤講師。 


 著者紹介


豊橋演劇塾所属

「無職だから暇だろ」と誘われ舞台に立ち、今に至る。

趣味:おやじ俳優とドラゴンズを愛すること。大相撲も好き、音楽は得意。


第3回リレーエッセイ 『台本を直したくない。』                     文:河村治代(演劇衆団アートストームゼロシアター)



リレーエッセイ、第3走者。


最近よく考える“台本を直す”ということについて書こうと思います。


芝居をつくる過程で、台本に直しを入れることがある。


配役の事情だったり、尺や小屋の都合だったり。

ざっと書かれたものを、実際に読んでみながら上演台本として整えていく、というやり方をすることもある。


そうして筆を入れていると、文体や文脈の「ゆれ」が気になってきて、

ついつい、ついでに直してしまったりする。


複数人で台本を囲んでいると「ここ、おかしくない?」というような声が随所で挙がる。

敬語の使い方とか、主語と述語が合っていないとか、語調や語尾が統一されていないとか。

直すこと前提で台本をみていると、ことさら浮かび上がって見えるらしい。


けれど、それらはきっと、安易に直してしまってはいけない部分だ。


そんな風に“ひっかかる”部分こそ、台本に描かれた場面の中で真に起こっていること、

芝居で表現すべきことを読み解く鍵のありかを示す、密かな目印のようなものだと思う。

そこを掘ればきっと何かがみつかる、平らにならしてしまったら埋もれてしまう。



既成台本なら、おや?と思う箇所があったとしても、安易に直したりはしないのだろう。


その台詞が成立する背景を、一生懸命考えるだろう。

なのに、書きおろしのオリジナル台本となると、すぐに筆を入れてしまう。


そうして埋もれた宝は沢山ある気がする。


台本が直されていく過程でいつも感じる、小さな喪失感。


じつに勿体ないことだと思う。


たとえ文法的には“間違って”いたとしても、書き言葉と、話し言葉は違うのだ。


一文を語り終えるまでの間にも、感情は動き状況は変化する。

一見不自然な文章でも、それが台詞として成立するシチュエーションはきっとある。


「語尾とか言い回しとか、言いやすいように変えていいから」と言ってくださる作家さん、演出さんもいる。

けれども私は、それも、極力したくない派だ。


言いにくいのは、まだ掴めていないからだ。

作家がその台詞を書いたときのその音に、なんとか辿り着きたいと思う。

句読点も大事なヒントになる。


そうやって、作家の埋めた大事な何かを掘り当てること。


それが私にとっては“演じる”ことの本質であり、最高の楽しみなのです。


 著者紹介

 

 劇団では一人の人がキャストとスタッフを兼任する、と言うことがよくある。

彼女は表の顔は女優だが隠れた才能として「演助」ができる。演助とは演出助手のことで、(劇団によって役割は色々だが)演出家のアーしたいコーしたい、はたまた、どうしたい?ってことまで見抜いて「じゃあ、こんなのどう?」と提案してくれる人のことである。

 現場が煮詰まると「こんなんできましたけど」と裏で稽古を付けてバッと解決してくれることもある。

そして代役がメチャメチャ上手い。指示も的確。なのに、自分の役の事になるとひたすら悩む。こっちがいいよ、と言っても悩む。そんなときは、色々言ってもしょうがないので、好きなだけ悩んでもらうことにしてる(笑)

           そんな彼女は今や東三河演劇界になくてはならない人だと思っています。 

 

                                        (演劇衆団アートストームゼロシアター 平松 隆之)